ゴールデンウィーク

今年もゴールデンウィークが始まりました。

例年ならば、遠出の際には交通事故にお気をつけて、と書くところなんですが、今年は緊急事態宣言下での連休ということで、お出かけもままならないという方が多いのではと思います。

今年ばかりは、なるべく人混みを避けて、くれぐれも体調にお気をつけて、良い連休をお過ごしください。

“いい文章”

「【東スポ創刊60周年】松井秀喜氏「私の唯一の後悔は東スポと仲良くしてしまった事」」

https://www.tokyo-sports.co.jp/baseball/mlb/1802811/

 

僕もこれでもモノを書く仕事をしている端くれとして、常々、“いい文章”を書けるようになりたい、という願望はあるんです。日々、それなりに努力もしているつもりです。

ですが、いまだに自分の書いたもので、これは“いい文章”を書けたぞ、と思えたためしがありません。やはり、こればっかりはやっぱり文才というか、ある種のセンスが必要なんでしょうか……

で、“いい文章”とは何か、というのは、一口に表すのがとても難しいんですが、この、松井秀喜さんの東スポへの寄稿文なんかは、ほんとに“いい文章”のお手本というか。松井さんって、文才もすごいんですね……

 

コインハイブ事件で逆転有罪

以前から当ブログで何度か言及してきた、「コインハイブ事件」ですが、一審の無罪判決から一転して、高裁で逆転有罪とする判決が出ました。

「仮想通貨の無断「採掘」に逆転有罪 東京高裁」(日本経済新聞)

https://r.nikkei.com/article/DGXMZO55368280X00C20A2CE0000?s=1

下記は、判決文をもとにした、弁護士伊藤雅浩先生によるご解説。

 

うーむ、、、何度読んでも、高裁は「ならぬものはならぬのです」というか、「けしからんからけしからんものなのだ」と。だから、これ、ウイルス!という判断をしているようにしか思えないのですが。

高裁の論法は、閲覧者にとって当該プログラムが動作していることがわかるからバナー広告は不正プログラムでない、でも、動作していると気づくことができない無断マイニングは不正だと。

というなら、閲覧者にとって動作しているかどうか不明なアクセス解析プログラムなんかは、無断マイニングよりもある意味より悪質で即刻アウトではないかと(場合によってはプライバシーだだ洩もれでその方が嫌じゃないですか、、、?)。

僕自身の考えは以前と変わらず、これを犯罪とすることには賛成できません。

「コインハイブ事件」で無罪判決

刑法は“ケシカラン罪”であってはいけない、と思う

 

弁護側は当然ながら判決を不服として最高裁に上告するそうですので、最高裁でしっかりと議論してもらって、まっとうな判断がなされることを期待しています。

 

新手の架空請求詐欺

こんな記事が。

「知らない人が騙される。放置するとヤバい、新たな架空請求の手口」

(https://www.mag2.com/p/news/432528)

数年くらい前から、いかにも裁判所からの呼び出し状を装って、「早く連絡しないとあなたに不利な判決が出てしまいます」などと、まったく身の覚えのない借金を請求する詐欺が流行っています。僕の身近な人などからも「急にこんなハガキが来たんだけど大丈夫だろうか?」と相談があったりすることが何度かありました。

正直、弁護士から見るとその体裁が裁判所からのものかそうでないかは一瞬でわかります(そもそも裁判所は葉書で呼び出し状なんか送ってきません)ので、電話で送られてきた書面の体裁を聞いただけで「あーそれ詐欺です。電話したらダメです。詐欺師の番号につながります。無視してください。」と答えるのが通例でした。

最近は詐欺師も勉強して、封書にしたり、いかにも裁判所風の体裁を整えだしたりと次第に巧緻になってきているようですが、それでも内容を少し読めば詐欺であることは一目瞭然でした。なので、「こういうのはとにかく無視ですよ」とアドバイスしておけば済みました。最近はそういう相談も減ってきて、みんなもう慣れてきて「あー、また詐欺でしょ」という感じになっているのではないかと思います。

ところが、冒頭紹介した記事を読んで驚きました。

最近は、さらに詐欺の手法が進化して、みんなが詐欺になれたことを逆手にとって詐欺集団が「本物の」裁判所の手続きを申立てて、裁判所から呼び出し状が届く、という詐欺があるんだとか。

記事で紹介されているのは、簡易裁判所の「支払督促」とか「少額訴訟」の手続きですが、架空の借金について、これらの裁判手続きを「本当に」申立てて、裁判所から「本物の」呼び出し状を送付させ、「あー、どうせまた詐欺でしょ。無視すればいいんだよね。」と無視していたら裁判が確定してしまって本当にお金を支払わないといけなくなってしまう、ということを狙っているようなんです。

 

これは、確かに無視するとマズいです。

このような手続きを申立てられた場合は、裁判所に異議を出す(自分は身に覚えがないから事実関係を争うという意思表示をする)と、借金が嘘か本当か立証が必要になりますので、詐欺師はそこで諦めます(嘘なので立証しようもないし、そもそも裁判する気もない)。

ですが、偽物と思い込んで無視しているうちに裁判が確定してしまえば、たとえ架空の借金であっても差し押さえ等をされるリスクが出てきます。もちろん、仮に裁判が確定してしまったとしても、詐欺集団が差し押さえまでしてくるリスクが実際どれほど高いかは疑問ではありますが、やはり無用なリスクは負わないに限ります。

裁判所を名乗る見覚えのない書面が届いても安易に詐欺だと思いこんで無視せず、弁護士や最寄りの消費生活センターなどに一応は対応方法を相談しておいたほうがいいでしょう。

新年明けましておめでとうございます

2020年が始まりました。

毎年思うことではありますが、昨年も、皆様に支えられてなんとか乗り切ることができました。

昨年は、世の中が平成から令和に代わり、個人的にも40歳(不惑!)を迎え、大阪高槻オフィス開設など、何かと節目を感じる一年となりました。

本年も、引き続き、弁護士として研鑽を重ね、少しでも依頼者の方々のお力になれるよう努力して参ります。

何卒よろしくお願いいたします。

 

養育費の新算定表が発表されました

先月取り上げた養育費の新算定表が、発表されました。

「養育費の目安、16年ぶり改定 月1万~2万円増額ケースも 最高裁」

https://www.jiji.com/jc/article?k=2019122300119&g=soc

“改定は16年ぶり。税制の変化などを加味し、両親の年収によっては、以前より月1万~2万円増額するケースもある。” “改定作業は東京、大阪両家裁の4人の裁判官に委嘱した。算定表は養育費算出を簡便化するための目安で、司法研修所は「改定版の公表そのものは、既に決まっている養育費を変更すべき事情には当たらない」としている。”(引用ここまで)

 

最高裁が発表した新算定表はこちら

「平成30年度司法研究(養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究)の報告について」

http://www.courts.go.jp/about/siryo/H30shihou_houkoku/index.html

ひとまずの印象としては、

①全体に増額傾向ではあるが、ドラスティックに増額したとまではいえない。

②すでに旧算定表で養育費決めてしまっている場合、改訂があっただけでは養育費を変更すべき事情にはならないというのは、公平性の観点から問題ではないか?

といったところでしょうか。

①については、旧算定表と金額上あまりにドラスティックな差が付くことになると混乱を招くという点では、やむを得ない部分もあるのかなと。もっとも、今後はせめて4、5年程度ごとに改訂して、社会の実情に合わせながら微調整を続けていく必要性を感じます。

②については、単に新算定表に改訂されたことだけを理由に養育費の増額を申し立てる調停が殺到した場合、現在の家庭裁判所のキャパシティを超えてしまう、という現実的な問題あっての対応なのだろうというのはわかるのですが、正直、やや疑問を感じます。

旧算定表に基づいて養育費を決めてしまっていた場合であっても、ほかに客観的に養育費を変動すべき事情がある場合には新算定表を用いて養育費を決め直すということのようですが(「研究報告の概要」8(2))、こうしてしまうと、同じ経済状態にあるにも関わらず、養育費に差が付く場合があり得ます。

例えば、当初はまったく同じ経済状態の親権者Aさんと別の親権者Bさんがいるとして、二人とも旧算定表に基づき同額の養育費を受け取っていたとします。今後、親権者Aさんに何らかの事情変更があった場合には、Aさんは増額請求をして新算定表による算定を受けられることで改訂による増額のメリットを得られますが、何らの事情変更もないBさんはいつまでたっても新算定表による増額を受けることができない、ということになってしまいます。

上記のようなケースで、AさんBさんの間にこのような格差が生じてしまうことが合理的とは言いにくいのではないでしょうか。このへんについて何も制度的な手当がないというのは、いかがなものかとは思わざるを得ません。

ついに養育費の算定表が改定か

養育費算定表、見直しへ 最高裁が12月に公表」

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO52108460T11C19A1CR0000/

当初、10月頃には出されるだろうと言われていましたが、10月を過ぎても一向に何のアナウンスされずどうなっているのかと思っていました。

難航していたようですが、なんとか年内には発表されるようです。

発表後は家庭裁判所における養育費の判断がこの新算定表に基づいて行われていくことになるだけに、どのような改訂がされるのかとても気になります。

 

筆算の線を定規で書き直させる教師

いくらなんでも、ちょっとこれは…

「筆算の線、手書きなぜダメ? 小5が160問「書き直し」命じられる 指導の背景は」

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190924-00010000-nishinp-soci

いやいやいやいやいやいや、もし自分が小学生のときにこんな理不尽なことを教師から強制されたら、それこそ勉強が嫌になってグレますよ、絶対。

図書館の貸し出し履歴はなぜ秘密にされるべきなのか

ここ最近、各地の図書館が捜査機関からの任意(令状なし)の要請に応じて、捜査協力のために利用者の図書貸し出し履歴を提供していたことが立て続けに報じられ、その是非が議論となっています。

「内心の自由か捜査か 県内図書館利用者情報の警察照会」

https://www.iwate-np.co.jp/article/2019/7/7/59179

「図書館の利用者情報、令状なく提供 那覇・名護・糸満の3館 捜査当局に」

https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/464747

 

ニュースをみてすぐ思い出したのは、もう25年近く前の映画になってしまいますが、デビッド・フィンチャー監督作のハリウッド映画『セブン』。

ブラッド・ピット演ずる若手刑事とモーガン・フリーマン演ずるベテラン刑事のコンビが、ケビン・スペイシー演ずる連続猟奇殺人犯を追うというサイコ・スリラーものの傑作なんですが、この中で、手がかりのない殺人犯のプロファイルのためにモーガン・フリーマンが図書館の貸し出し履歴(猟奇的な本とかを読み漁っている人物のリスト)を手に入れてきて、それが糸口となって犯人にたどり着く、というくだりがあります。

印象的だったのは、正義感が強い反面やや融通の利かない若手刑事のブラッド・ピットが、リストをみて「こんな(やばい)もの一体どこから手に入れたんだ?」と驚き、達観した海千山千のベテラン刑事風情のあるモーガン・フリーマンがニヤッとひとの悪い笑顔を見せながら「FBIからだよ、もちろん違法だけどね」と説明するシーン(※セリフは当時見たきりでうろ覚えなので間違っていたらすいません。ちなみに、アメリカでこうした図書館利用情報の取得が違法だったのは作品公開当時の1995年の話で、その後、911テロを境にしてこうした情報を捜査機関がかなり広範に合法的に手に入れられる方向に舵が切られているようですが)。

これをみていて、当時まだ十代だった僕は「ふーん、さすがアメリカは自由の国だけあって、いかに殺人事件の捜査であってもこういうセンシティブな情報に警察(国家権力)が触るのは御法度なんだな、感心感心」などと呑気に思っていたのですが、ここ日本では、図書館の貸出履歴がかなり広範に捜査機関に提供されているという実態があり、内心の自由との関係で非常に問題が大きいことは、以前から指摘されてきていました。

そうであるにも関わらず、今だに(なのか、今だからこそ、なのか)日本の図書館でこれだけ広範に貸し出し履歴の提供が行われているということが今更のように報道され、しかもその問題点がいまだ一般に広く共有されていないことについては、危惧を感じざるを得ません。

 

警察(対国家)への情報提供とはやや異なりますが、同じような問題として、民間(対私人)での図書館の利用履歴の利用の是非もずっと議論されています。

数年前のことになりますが、神戸新聞が作家の村上春樹氏の高校時代の図書の貸出履歴を調査して報道するということがあり、物議を醸しました。

「村上春樹さんが図書館で借りた本はなぜ秘密にされるべきなのか? 神戸新聞報道から考える”リアル図書館戦争”」

https://www.huffingtonpost.jp/2015/10/20/haruki-murakami-lib_n_8338888.html

問題点は上記に引用した記事に詳しいので、是非そちらを読んでいただきたいです。

勿論、一方では自分が読んだ本くらい他人に知られて何が悪いんだ、という方もいそうなところですが、自分がそれこそ「中二病」的な思春期の時代に読んでいた本のタイトルとかおおっぴらに公表されたら、たとえ村上春樹さんでなくとも、なんというか、こっそり書いていた日記を勝手に他人に読まれたみたいな気分で、正直あんまり気持ちのいいもんではないと思うんですよね…

 

今となっては、図書館の利用履歴どころか、ネットの検索履歴情報が広く商業利用されていて、自分が検索したあまり人に見られたくない語句なども、ビッグデータとして広告表示などのために利用されています。もはやよくも悪くも昔には後戻りのできない時代になってしまっていますが、だからこそこうした情報の利用の仕方にはより慎重を期すべきだと思います。

アンパンチと「表現の自由」

相変わらず銃乱射事件による痛ましい犠牲者が後を絶たないアメリカですが、先日、ヒスパニック系移民の多く住む街として有名なテキサス州エルパソで22人が犠牲となった白人青年による銃乱射事件を受けて、アメリカのトランプ大統領が会見していたんですね。その会見の内容が記事になっていました。

「トランプ大統領、エルパソ乱射でインターネットとゲームを批判」

https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1908/06/news062.html

アメリカ国内の保守層を支持基盤とするトランプ大統領が銃規制の必要性について何も言及しない(※アメリカの保守派の方々は銃所持は憲法上の権利だと思っている。『大草原の小さな家』みたいなのが理想。)というのはまあお約束なのですが、思わず「やれやれ」と思ったのは、「事件はネットと残虐なゲームの影響だ!」と言って、事件にこじつけて表現規制の必要性を強調していたことです。

どうやら、トランプ大統領の言い分は、今のご時世、世の中にはひどく残虐なゲームがあふれていて、若者がこうしたゲームに耽溺した結果、ゲームの悪影響で、現実世界でも銃をゲーム感覚で乱射して人を大量虐殺するのだ、と。だから、こういう残虐なゲームは規制すべきなのだ、ということのよう。

この手の主張、ここ日本でも何十年も前からずっと延々繰り返されているもので、日本の場合、マンガ、アニメ、ゲームが標的となってきた歴史があります。そして、規制肯定派と「表現の自由」を守れという立場とが対立してきました。

確かに、たとえば親の立場からすれば、自分の子どもには見せたくないと思うような残虐表現や性的な表現というのが世の中にあるのは間違いないでしょう。

ですが、今のところわかっているのは、表現内容が受け手の行動に直接影響を与えることを実証するデータはなく、あるとすれば、ごく短期的な気分への影響のみ(例としてよく出されるのが、カンフー映画をみて、映画館からでて「あちょー」とやっちゃう、というやつ)。ただし、当該表現を受け取る際の環境(たとえば、反社会的な行動を賞賛する人たちに囲まれて生活しているなど)次第で、当該表現に描かれる反社会的行為を肯定的に捉える価値観を獲得してしまう可能性はあるかも、という程度。

とすると、問題とすべきは表現内容自体ではなくてむしろ表現の視聴環境であって、表現内容にまで踏み込んで規制する根拠(必要性や合理性)が乏しい、ということで、この手の問題は、表現内容を規制するのではなくてゾーニング(その表現を見たくない人(または子どもに見せたくない親)が見ないですむような手立てを講じること。R18とかですね)で解決しましょう、というのが、これまで一応のコンセンサスだったはずなのです。

ところが、トランプ大統領の発言は、こうした今までの議論の流れと蓄積をすっ飛ばしてて、一気に80年代あたりにタイムスリップしたような気分にさせられてしまったのですが、ここ日本でも時期を同じくして、もっと脱力する記事が……

「「アンパンチ」で暴力的に? 心配する親も…メディアの暴力シーンは乳幼児にどう影響?」

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190811-00046060-otonans-life

なにやら、子どもに『アンパンマン』を見せたら、影響を受けて暴力的になってよくないのではないかと心配する親がいるとか。うーん……もはやここまで来ると手の施しようがないというか、ほんとうに「やれやれ」としか言いようがないんですが。子どもがアンパンチの真似をしてても、ちゃんと大人が注意すればいいだけの話で、暴力的な子に育ったりはしません。当たり前の話ですが。

でも、何か事件があったときに安易にマンガだのアニメだのゲームだのの影響を持ち出してやたら表現規制を言い募るのは間違いだということをわからせてくれる、という意味では、いい題材なのかもしれません。

あい湖法律事務所所属 大津の弁護士松田健人のブログです。 交通事故、離婚、相続、労働問題、刑事事件などなど、 弁護士としてみなさんに知ってもらいたいことを、 発信していきます。