73回目の終戦記念日。

今日は、73回目の終戦記念日ですね。
昨夜、ちょうど事務所のスタッフと、唯一の被爆国である日本国民としてどういう思いを持っているかと海外の旅先で聞かれたことがあるという話から、核兵器の廃絶は無理なのかどうか、いうような話をしました。
そういう話を気負わずに出来ることも大事なことだなぁと思います。

そこで、今日は、憲法9条がどのような思いで発案されたのかについての幣原元首相のインタビュー資料の抜粋を紹介したいと思います。

みなさんも、是非一度、お読みいただいて、ご家族やお友達とほんの少しだけでも話題にしてみませんか?

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「幣原先生から聴取した戦争放棄条項等の生まれた事情について」からの抜粋

 唯もし軍縮を可能にする方法があるとすれば一つだけ道がある。それは世界が一せいに一切の軍備を廃止することである。

一、二、三の掛声もろとも凡(すべ)ての国が兵器を海に投ずるならば、忽ち軍縮は完成するだろう。勿論不可能である。それが不可能なら不可能なのだ。

ここまで考えを進めてきた時に、第九条というものが思い浮んだのである。
そうだ。もし誰かが自発的に武器を捨てるとしたら――

最初それは脳裏をかすめたひらめきのようなものだった。
次の瞬間、直ぐ僕は思い直した。自分は何を考えようとしているのだ。相手はピストルを持っている。その前に裸のからだをさらそうと言う。何と言う馬鹿げたことだ。恐ろしいことだ。自分はどうかしたのではないか。若(も)しこんなことを人前で言ったら、幣原は気が狂ったと言われるだろう。正に狂気の沙汰である。

しかしそのひらめきは僕の頭の中でとまらなかった。
どう考えてみても、これは誰かがやらなければならないことである。
恐らくあのとき僕を決心させたものは僕の一生のさまざまな体験ではなかったかと思う。
何のために戦争に反対し、何のために命を賭けて平和を守ろうとしてきたのか。
今だ。今こそ平和だ。
今こそ平和のために起つ秋(とき)ではないか。
そのために生きてきたのではなかったか。
そして僕は平和の鍵を握っていたのだ。
何か僕は天命をさずかったような気がしていた。

非武装宣言ということは、従来の観念からすれば全く狂気の汰である。
 だが今では正気の沙汰とは何かということである。
 武装宣言が正気の沙汰か。それこそ狂気の沙汰だという結論は、考えに考え抜いた結果もう出ている。

 要するに世界は今一人の狂人を必要としているということである。
 何人かが自ら買って出て狂人とならない限り、世界は軍拡競争の蟻地獄から抜け出すことができないのである。
 これは素晴らしい狂人である。世界史の扉を開く狂人である。
 その歴史的使命を日本が果すのだ。

日本民族は幾世紀もの間戦争に勝ち続け、最も戦斗(せんとう)的に戦いを追求する神の民族と信じてきた。神の信条は武力である。その神は今や一挙に下界に墜落した訳だが、僕は第九条によって日本民族は依然として神の民族だと思う。何故(なぜ)なら武力は神でなくなったからである。神でないばかりか、原子爆弾という武力は悪魔である。日本人はその悪魔を投げ捨てることに依って再び神の民族になるのだ。すなわち日本はこの神の声を世界に宣言するのだ。それが歴史の大道である。悠々とこの大道を行けばよい。死中に活というのはその意味である。

<問 お話の通りやがて世界はそうなると思いますが、それは遠い将来のことでしょう。しかしその日が来るまではどうする訳ですか。目下の処は差当り問題ないとしても、他日独立した場合、敵が口実を設けて侵略してきたらです。>

その場合でもこの精神を貫くべきだと僕は信じている。そうでなければ今までの戦争の歴史を繰り返すだけである。然(しか)も次の戦争は今までとは訳が違う。

僕は第九条を堅持することが日本の安全のためにも必要だと思う。勿論軍隊を持たないと言っても警察は別である。警察のない社会は考えられない。殊に世界の一員として将来世界警察への分担責任は当然負わなければならない。しかし強大な武力と対抗する陸海空軍というものは有害無益だ。僕は我国の自衛は徹頭徹尾正義の力でなければならないと思う。その正義とは日本だけの主観的な独断ではなく、世界の公平な与論に依って裏付けされたものでなければならない。そうした与論が国際的に形成されるように必ずなるだろう。何故なら世界の秩序を維持する必要があるからである。若(も)し或る国が日本を侵略しようとする。そのことが世界の秩序を破壊する恐れがあるとすれば、それに依って脅威を受ける第三国は黙ってはいない。その第三国との特定の保護条約の有無にかかわらず、その第三国は当然日本の安全のために必要な努力をするだろう。要するにこれからは世界的視野に立った外交の力に依って我国の安全を護るべきで、だからこそ死中に活があるという訳だ。

出典:国立国会図書館憲政資料室所蔵
文書名「憲法調査会資料(西澤哲四郎旧蔵)」
文書番号165

ごあいさつ

はじめまして、弁護士の奥井久美子と申します。

昨日付けで、弁護士法人あい湖法律事務所のメンバーとなりました。
初日は、東京オフィスの移転パーティでたくさんの方々にご挨拶をさせていただき、早速身が引き締まる思いです。
今日から、滋賀オフィスの方で本格的に執務も開始致しました。

当事務所の代表である飛渡貴之弁護士、滋賀オフィスの金用大弁護士、東京オフィスの石井宏之弁護士とは、司法試験受験時代からの付き合いで、とても信頼をしている戦友のような仲間です。
このような形で、一緒に仕事ができるのをうれしく思うとともに、互いに切磋琢磨して、「より質の高い法的サービスを多くの方に提供したい」という理念を着実に実現していきたいと思っています。

今後とも何卒よろしくお願いいたします。

Just another サイト あい湖法律事務所 site